
今回は、株式会社瀬戸内ブランドコーポレーション(以下、SBC)代表取締役の井坂晋氏(以下:井坂)と同社取締役事業本部長の田部井智行氏(以下:田部井)、そして、当社代表理事の田蔵大地(以下:田蔵)の3名にて、SBCやDMOの未来や課題について語ってもらいました。
未来に向けて取り組んでいく優先課題
田蔵: まずはSBCの事業についてお伺いします。御社は、観光地経営の世界において、これまで様々な先駆的な事業を行ってきました。せとうちエリアを舞台にご活躍されている井坂社長が、未来に向けていま優先的に取り組んでいる事業についてお聞かせください。
井坂: 2つあります。1つはせとうちの観光事業者のクオリティとキャバシティを高めるサポートをすること、もう1つは事業者サイドからは参入しにくい新規事業、とりわけ地域産品に関しては、SBC側が率先して自主事業として実施していくことです。
田蔵: そのような取り組みを始めようとお考えになったのは、内部的要因よりも外部的要因の影響が大きいのでしょうか。
井坂: 両方です。まずSBCは株式会社で利益を出すのが大前提となります。「世界に冠たる~」のような大看板を掲げて継続的に地域支援を行うには、SBC自身が持続できなければだめで、だからこそ稼げる事業を自前で持つべきと結論づけたのが内部的理由です。
田蔵: 一方の外部的要因はいかがでしょうか。
井坂: 地域の仕事をしていると、例えば「お婆さんが心を込めて作ったおにぎりに価値がある」という情緒的な点にフォーカスしがちです。お客さんがどう思うかは二の次で、「地域の人が頑張ったんだから価値があるではないか」と手前ミソに陥ってしまいます。この状況に対して、顧客や価値を具体化し、効果的なマーケティングやブランディングを含めて推進できる人材や機能が地域に存在しているかといえば、そうではないというのが外部的要因です。
田蔵: つまり、地域事業者における専門機能の不足がポイントということですね。ちなみに、御社は地域事業者の皆さまにどのような価値を提供できるとお考えでしょうか。
田部井: せとうちという広域を俯瞰できる点がSBCの強みで、一方、地域の方々はどうしても地元に視点が集中しがちです。私たちが関わることで、他の地域での経験や自主事業で培ったノウハウを落とし込むことができます。弊社自体が、地域のDMOや事業者にとって、1つのソリューションになっていくと感じています。
田蔵: やはり、SBCのように地域に根ざす支援事業者の存在は非常に重要だと思いますが、将来的にどのような地域支援の形を目指しているのでしょうか。
井坂: 他のDMOや観光協会などからも相談をよく受けていますが、彼らからは、SBCのように金融機能を持ち、能力もあり帰属意識も高い人材を揃えた組織を持ちたいという声を聞きます。しかし、これは現実的には難しいので、弊社がこうした機能を提供していくことが、将来的な地域支援の形になると考えています。
田蔵: 私たちも、地域事業者や自治体の課題に対するさまざまな支援を行ってきていますが、直近、地域の方々から伺う課題と言えば、多くの場合、「人材」に起因しています。ただ、地域事業者が相談する相手がなかなかいないのも実情で、人材募集でも未だに多くがハローワークやコネに頼ったりしています。そのような中で、SBCに専門機能などを期待するニーズも確実にあると思います。

観光支援組織のパフォーマンス上げる組織づくり
田蔵: 次に組織についてお伺いします。一般的に、多様な人材を集めて運営している全国のDMOなどの三セク組織では、そのマネジメントにおいてかなり苦しんでいるのが実状です。
井坂: まず、全国的に、最初に創ったDMOの方向性があまりにも曖昧だった点は無視できません。交付金を与えられてDMOが続々と立ち上がったものの、それぞれのミッションがチグハグな組織も散見されます。また、DMOは、恒常的に資金を注入されるという前提で組織を作っています。もちろん、彼らはこれを糧にコンテンツ造成やプロモーションを実施しているのですが、費用対効果の認識は希薄になりがちです。事業、実施のためにどのような人材やアクションが必要か、という発想が極めて曖昧です。
田蔵: DMOにおける事業設計の曖昧さから、組織づくりにも影響が出ているということは、DMOの世界ではよく起きている現実かと思います。その曖昧さから脱却するために御社ではどのようなマネジメントをしているか気になります。御社は組織上、出向者も多い印象があります。何か秘訣などございますでしょうか。
井坂: SBCの社員は出向者とプロパーがほぼ半分ずつです。会社に対する帰属意識は極めて重要ですが、やはりプロパーよりも出向者の方が薄いのは仕方ありません。ただし、出向者は各地域とのネットワークを持っており、この価値は極めて重要です。このネットワークを上手に使いながら、出向者のSBCに対する帰属意識を高めていくことは非常に高いハードルですが、ここに田部井が入って模索しているところです。
田蔵: プロパーだけで固めるのも難しいということですね。
井坂: だめですね。組織としての拡がりを持たせるには、出向者の存在は重要です。ただし、その反面、マネジメントの難易度は上がります。
田蔵: 実際、SBCには各銀行から難しいコンサルタント業務もこなせる優秀な人材が多数出向で送り込まれています。しかし、全国のDMOを見るとSBCのように有能な人材を出向として確保できる事例は多くないと思います。「人材」について日頃意識していることなどございますでしょうか。
井坂: 私たちはあくまでもサービス業なので、「人材」は極めて重要なファクターです。そしてサービスの質向上は、人材のクオリティ向上とほぼイコールです。人数確保も大事ですが、一定レベルの人材を育成していかないと、世界のライバルとの競争などできません。
田蔵: では、いまSBCやせとうちの観光産業においては、どのような人材が最も求められていますでしょうか。
井坂: 1番は「コミュニケーションが取れる人材」です。お客様が何を求め、どんなサービスを提供すれば喜ぶかを常に考え、お客さんとのコミュニケーションを絶やさない人材が一番ですね。
田蔵: 弊社も観光地経営に適した人材として、JKKCG(情熱・気合い・根性・コミュニケーション力・現場力)という要件を重視しています。中でも、コミュニケーション力は基本になると思います。しかしながら、色々な人材が集まるとコミュニケーションやマネジメントの難易度は高くなります。その点において、SBCの組織づくりの秘訣などありますでしょうか。
井坂: 大きい組織ならば、一度やる気のある人を集め、向かなければ早い段階で異動、という策も可能です。しかし、SBCのような小所帯の場合はそうはできないので、組織の考え方を毎日辛抱強く説いていくのが大事です。実際、私たちが出向者を常にコントロールすることはできませんし、プロパーに関しても、これまで接触した人間以外は全く分かりません。会社の考え方を伝え続け、納得してもらう。ただ、まだスタートして1年程度なので成否は何とも言えません。
田部井: 人の問題だけに、答えは1つとはいきませんが、採用の局面で言うと、例えば地域に馴染みがあるなど、何か縁がある点を重視しています。案件が生まれたり、うまく行ったりする場合は、何かしら人とのご縁があります。では、そういう人材はというと、例えば、東京だけでバリバリ仕事をしてきた実績よりは、1度でも地方赴任の経験があるとか、幼い時に祖父母に大事に育てられたことがあるとか、古民家を見て「汚い空き家だな」ではなく「懐かしいなあ」と感じるとか、そういった部分で、結構違いが出てくると思います。こうした俗人的な属性も勘案しないと、外部から来る人間はなかなか難しいと思います。
田蔵: 逆に、地域の人材はどうでしょうか。
田部井: 外部の人間とは正反対で、地域の人材の場合、地域外で生活した経験がない方も多く、広い視野で物事を見られるかがポイントになります。例えば、学生時代に東京や関西で過ごした、というように外の空気を吸った経験がないと、どうしても思考が凝り固まる傾向があります。
田蔵: 上手く行っている地域ほど、地域人材と外部人材を上手に融合させていると思いますが、地域内外の人材のバランスを取り、組織をマネジメントするのは簡単ではないと思います。
田部井: はい。ですから先ほど井坂が述べたように、一定のルールを決めて共通認識を設定し順守してもらう必要があります。報告書の件数や活動回数を増やし経験を積ませながら、私たちのエッセンスを注入して、案件化させる経験を積ませる、というような風に、現在組織づくりを行っているところです。同時に、大きなビジョンを掲げる中で、「私たちは今何を行っているのか」ということを非常に丁寧に説明しています。なるべく会議を開き、「こういうビジョンがあるんだよ」と、懇切丁寧に繰り返し説いていく過程で、ようやく「この中の自分なんだ」という、一種のアイデンティを実感するのではないでしょうか。こういう話し方をするマネジメントが、実は最も重要だと感じます。私が突然現れて、数字を並べた事業計画ではダメなのです。

DMO政策と構造的な組織課題
田蔵: せとうちDMOと言えば、ある意味DMO政策の象徴でもあり、その中で、SBCは、せとうち観光推進機構と並んで、重要な役割を担っていると思われます。実際、地域側の政策推進者としてのSBCに、国の政策の動きなどはどのように映っていますでしょうか。
井坂: まずは、プロモーション政策が時代の流れで変わってきている点が重要です。当初はプロモーションもコンテンツ作成もすべてDMOが実施する建て付けでしたが、最近はJNTO(日本政府観光局)がプロモーションを一括して行うので、DMO側はコンテンツ作りに専念する形へと政策意図が変わって来ています。それにより、DMOに求められる人材や専門性も変わってきていると感じています。
田蔵: DMOの政策が始まってから、戦略やプロモーション、コンテンツ作りという視点で政策が展開されることが多い反面、「組織」や「マネジメント」に対する政策的支援は非常に薄いと感じます。
井坂: そうですね。更に加えると、DMOとしてマネジメント対象は、「顧客」「地域(事業者を束ねる)」「DMO自身」の3つですが、国の力点も、当初の顧客プロモーションから地域マネジメントに変わりつつあります。これにより必要な人材要件も変わってきています。これは持続可能な組織づくりという観点において不安定要因となります。
田蔵: つまり、政策上でDMOに求められる事業や役割の変化により、求められる組織や人材も変わってきているということですね。新たな人材を雇用するにも財源が必要です。ただ、その財源は、圧倒的に国や自治体からの公的資金をベースにしており、ガバナンス上も自治体に縛られるのが殆どです。こうした点も含めて組織やガバナンスの見直しが必要と思われます。
井坂: はい。DMO組織のあり方自体をもう一度しっかりと議論した方がいいと思います。このままでは破綻するDMOも沢山出てくると思います。
田蔵: そうですね。既存のDMOでは、事業設計(&財源確保)や組織設計、そして制度設計など、不十分な中で運営している組織も未だに目立ちます。また、自治体に依存したDMOだと、単年度単位の予算(及び契約)により、人材登用や雇用も、単年に縛られるDMOも少なくありません。このような制約と、硬直した組織体制の中で、デッドロックに陥っているDMOも少なくないと思います。私たちは、この解決策のひとつが様々な専門性を有するプロ人材を抱える中間支援組織にあると考えています。そして、その中間支援組織として日本をリードするSBC様が瀬戸内エリアの産業を活性化する起爆剤になる予感がしています。弊社としても、これまでの地域支援のノウハウやネットワークを提供しながら、SBCと共に、地域事業者の課題解決に向けた支援基盤づくりを進めて行きたいと考えています。ぜひ、よろしくお願いします。本日はどうもありがとうございました。
井坂・田部井: こちらこそありがとうございました。